予感の手触り

感想の掃き溜め

20210919-24_道東旅行:1-2日目

かなり前のことになってしまったが9月の終わり頃、シルバーウィークに平日休みをくっつけて道東旅行に行ってきたときの記録を残す。


事情があって(後に書くことになると思う)急な休みになったものだから行先を決める時間も十分無かったのだけど、色々考えた末に地元に一度帰るべきだと感じたので、目的地はざっくり北海道と決めた。
休み前に「ドライブ・マイ・カー」を観てたこともあって長距離のドライブが今の自分には必要と思い、また道民であるが今まで行ったことのない道東を回ろうという結論に至る。
ざっくりとした行先と宿だけ決めて大まかなルートを設定して出発。ところどころ違ったりしているが、6日間で辿ったルートは概ね以下の地図の通りで、車で走った距離はざっくり1,500kmになった。
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ルートを見てもわかる通り、長距離行の大部分は帯広から札幌の(ほぼ)北海道横断に拠っているが、当初は札幌まで行かずに釧路In釧路Outにして道東のみを回遊しようと思っていた。
この翻意、というか急遽札幌まで行かなければならない気がしたときの気持ちも以下に記すことにはなるだろう。

なんだか章立てをして日ごとにまとめて行くのは今回のドライブ(といってよいと思う)の実態と乖離する気がするので、特に形式には制限を加えずに書いてみようと思う。


1日目。成田からPeachで飛んで釧路空港入り。レンタカーを借りる。普通のトヨタプリウスだった。昼頃到着してあまり移動する時間もなかったので釧路周辺を回ることにする。道民ではあるが釧路知識は湿原くらいしかなかったのでその周辺をぐるっと回るだけになってしまった。広さのイメージを持っておきたいと思って今調べたら270㎢あるらしい。こちらも今調べたが、山手線内の面積が約63㎢らしいので約4.3倍。
昼過ぎに出発してホテルに18時ころ到着したので、移動距離を考えるとそれくらいの広さはあるよなという感覚。ご飯も宿も記憶がない。
ただ展望台から眺めた湿原はサバンナみたいだなと思ったことだけ覚えている。
宿で明日の準備をする。旅行に出る前に、時間が身体化されることがわかるように爪を切っておけば良かったと思った。


2日目。早起きして釧路市内の牡蠣小屋のようなところに行く。牡蠣、ししゃも、鮭ハラスを七輪で焼いて食べた。干物の美味しさを研究したいなと思う。
その日の目的地は根室。走行距離は結局160kmくらいらしい。
厚岸の道の駅を経由して、岬を見たくて霧多布岬まで至る。
私が森の民なのもあるが、今まで岬にはそもそもあまり行ったことがない。行ってわかったが岬はほぼ山である。「ほぼ」と言ったのは、山と岬とは大部分が似てはいるが明らかに違う点があり、それが両者の違いを際立たせているからだ。岬の左右は波に削られた地盤が鋭く露出しており、かろうじて歩ける部分も海面との標高差を感じて、また地形の影響か陸地よりも強風が吹くため、立っているだけで恐怖心が湧いてくる。繰り返すが、これは私が森の民だからかもしれない。波の音が近く海面の存在が感じられるからか、ある程度の標高の山に登った時より岬の方が恐怖心が勝っていた。山に登った際は、死にたいとかそういうわけではなく「飛びおりたい」という気持ちが湧くのだが、岬ではそうはならず単に土の感触が感じられる部分を恐る恐る辿るだけになってしまった。
岬が海に似ているのは気候もそうだろうと思う。短時間で移り変わりが激しい。数秒前は日が照っていたのに、その後は直ぐに霧に包まれてしまう。海面の照り返しで爽やかな気持ちになった次の瞬間には目の前がほぼ見えなくなる。

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ここまで「森の民」と繰り返したのは、私は海と山に潜在的に恐怖心を抱いているかもしれないと思ったからだ。
霧多布岬でも、東京に戻ってから九十九里浜に行った時でさえ、視界のほぼ全てが海面で占められる光景がとても怖い。自分の拠って立つ地面が失われて海に投げ出されてしまうことを想像して怖くなる。
高校時代ワンゲル部に所属していくつかの山を登っている経験を持っていても、足場が崩れる想像をしてしまって山が怖い。登りはまだその想像が鮮明になっていないので愚直に歩を進めることができるのだが、下りは滑落の危険が身近に想像せられてスピードが極端に落ちる。
海も山も怖い私は、ある程度確固たる足場が確保されていないと自由に身動きが取れなくなってしまう。
一方で、幼少期から森の中で動物を探すことは得意だった(森と山との切り分けはもしかしたら難しいかもしれないが、ある程度の標高になると森林限界が訪れるので一応の切り分けはできるだろう)。
結局、私の想像力と創造性は、自然や環境そのものとの厳然たる対峙の場面ではなく、視界が植物・動物等の物体に占められた地表でのみ機能するものなのだろう。それを再認識するのはこの旅の後半なのだが、そこに至った際に改めてその時の気持ちに触れようと思う。

霧多布岬を離れて根室に向かう道中で馬を見つける。
馬は感情の振れ幅があってコミュニケーションが出来るので好き。

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根室市内に着いたがまだ日が落ちていないので、北海道最東端の納沙布岬に向かう。丁度日の入りのタイミングだったが、水平線の先に朧気ながら北方領土が見える。調べると僅か3.7kmしか離れていないようだ。
「水平線の先に朧気に見える」という視界は結構好きだと思った。これも旅の後半でまた出会う光景になる。

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普段は絶対泊まらないのだが、気が狂って根室市内のゲストハウスに泊まってしまう。
50代のおじさん2人、自転車で北海道一周している大学生4人、ホテル派遣で季節労働している女性1人と夕食時に話した。仕事何をしているか聞かれ銀行員と答えたら、大学生が「半沢直樹ですね!」とリアクションする。気を使ってくれているのはありがたいのだが、その中身の無さに笑ってしまった。他の人とも同じような会話をする。親密さと過ごした時間は正比例すると主張する原理主義者ではないが、一方で初対面で相手の心に触れることもまた難しい。それはこちらの努力だけでは達成できないし、相手が一時の表層的コミュニケーションしか求めていないならなおさら難しい。
いや、もしかしたら私が最初から心を閉ざしているだけかもしれないが。
夕食を早々に済ませたら寝床(カプセルホテルのようになっていた)に引っ込んで、持参したFire HDで「真夏の方程式」を観る。マス層に向けた仰々しい演技が鼻につく良くない映画だった。レビューを読んでみたら割と絶賛されていた。夕食時の気持ちが蘇ってきたので寝た。銭湯で汗を流してきたのに、寝床の湿度が高くて何度も目が覚めた。